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A LOST AND FOUND

色々なものを失くしてきたような気がします。

スタンプラリーは、本当に日本的なるもの ポケモンスタンプラリーに思う

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鉄道系が行う夏の仕掛けは、基本的に「スタンプラリー」。

今回JR東日本が仕掛けたのは、謎解きで有名な「SCRAP」と組んで、謎解きラリーと相成った。

昨日で、企画が終了したので、多分、多少のネタバレ含めて大丈夫かと勝手な判断をしているのだが、相応に面白かった。

鉄道系のスタンプラリーは、「1日乗車券」を購入。それにスタンプ帳がついてくるというモデルなんだが、今回は、謎解きラリー帳は駅にて「配布」。

このスタイルは初めてだなぁ。

告知パンフを刷るよりも、そのまんまラリー帳として併用すれば、コストも、作業も手軽になるので、良いのではないんでしょうか。メトロのラリーも、配布スタイルになっているので、今後はこういう流れが加速するんでしょうね。

最近の謎解きやら、リアル脱出ゲームは、配布された謎解き帳だけで終了にならず、解いた回答を持ち込むと、2番目の謎解きが、3番目の謎解きがと続くのが定番。

今回もこの流れで、都区内フリーパス(1日乗車券)で回って、集めて「ゴール」!な訳なくて、謎解き帳に書いてある路線図、どうみてもカバーされている路線は、休日おでかけパス!

2番目の謎解きが、当然あるかのような、というかあるんですが、結構な数の親子連れはゴールをしてみたら、さらなる謎解きを渡されて絶句されていました。

1日で終わりません。全部ではないんですが、ここぞというポイントにはスタンプがあって、それを押さないとコンプリートにならない。

最終日、本当に空調が死んでいるかのような熱暑の池袋のゴールには、そこそこの親子連れが途切れることなく「解答報告」をかねて詰めかけておりました。

 

自分は20年前にもなるかしら、「東急線」のスタンプラリーを子供と始めて以来、お連れが企画物を探し出す天才なもので、毎年恒例としていました。

特に感慨深いものは「京王・小田急合同スタンプラリー」

1996年に行われた、全138駅 205.3キロを走破する(とはいっても乗ってるだけだけどね)、もはや子供用の企画とは言えない。適当な言葉が見つからないほど「過酷」だった。

何しろ東京の西半分をほぼ網羅する鉄道会社なだけに、競合激しい会社にとって、そこまでやりこむメリットはなんだろうというくらい気合が入っていた。

幼いこどもを、ほぼ字義通り「連れまわした」という記憶しかなく、当然1日2日で終わる企画ではない。

1995年に地下鉄サリン事件がおこり、そこまで各駅の駅員がここまでやるか!というくらい「こだわり満載」のスタンプBOXがすごく、まさに子供も大人もスタンプを押す楽しさが、一気に失われた最中の企画。

ここに夏休みの全力を捧げた、と言っても過言ではなく、捧げられた感も当然あった。

小田原に向かう途中で、力尽き、鶴巻温泉なる駅で、帰る気力を失い、まさに力尽きるかのように、「公衆電話」にて手あたり次第「素泊まり」の宿を探し、めったに旅行をすることのない家族が、なんと旅館にて布団で寝る。新鮮。

翌日は小田原を踏破し、最終は片瀬江ノ島にて、夕方遅く、駅長さんより「金メダル」をいただき、子供は駅長さんの帽子をかぶせていただいて記念撮影。

 

日本は、昔から「スタンプラリー」なるものが好きだと思っている。

今でも七福神巡りにおいて御朱印帳を片手に巡るわけで、子供の誕生の際に、初めてそういう「システム」に巡り合って以来とりこになってしまったんだが、

四国のお遍路もしっかりとした御朱印帳があって、古くから、この国は「スタンプラリー」が遺伝子化されているんだなと思う。

仏寺においても、考えてみたら、庶民のアミューズメントパークの背景もあって、禅宗はどうなのかな、それ以外は、妙にきらびやかにして庶民があこがれをもって参拝する意趣が含まれている気がする。

屋台やら、仲見世ひいては門前に至るまで、今でいうなんだろう、最高の旅行目的だったり、そこで行われる様々なゲーム類もそこそこ各時代において変遷はあろうものの、今に随分受け継がれてきているんだろうと思う。

これは相当の日本文化と。